おおきく振りかぶって 第9話おおきく振りかぶって第9話 過去 《あ、ピッチャー、榛名さんに変わった。4回からの登板、阿部の言ってた榛名さんってホントに80球しか投げない人なんだ》 《榛名元希、あいつの前に座ると体が震えた。誰だって痛いのは怖い。だけど、あの球を取ればレギュラーになれるのは確実だった。あいつと組めたこと、幸運だと思ってた》 武蔵野第一高校の榛名はライバル校も注目する豪腕投手だ。 阿部は榛名と中学時代にシニアリーグでバッテリーを組んでいたが、榛名のことを”最低の投手”だという。 「なぁ、阿部。榛名さんってどれくらい三振とるの?」 「8か9かな」 「うぉ!?それって結構凄いんじゃない?」 「けど、フォアボールも同じくらいだけどな」 「え、ノーコンなの?」 「そらもう」 「それが最低の投手の理由?」 「うぇ?それは…」 《気になったか?言うんじゃなかったな。最低の投手、俺だって最初からそんな風に思ってたわけじゃない》 『隆也、ちょっといいか?』 グランド整備していた阿部が監督に呼ばれ、今日から入ると榛名を紹介される。 『ちわっ!!』 帽子を取って挨拶する阿部だが、榛名は面倒臭そうに挨拶する。 相手が決まっていない阿部は榛名と暫く組んでくれと言われる。 『メニューは他の2年と同じで球種は…』 『あ、俺、自分で決めます。あと試合でも1日80球しか投げないんで。それでも良かったら使って下さい』 『あぁ、そうな。えーと…とりあえずお前の捕手はこいつだから。じゃ、また練習の後でな』 『はい』 『小せーな、何cm?』 『160です』 『チッ、1年なんかが的じゃ思いっきり投げられねえな』 《的だと!?》 『何でですか?』 『怪我すっからだよ』 『防具付けてりゃしないです。打者が立つわけじゃないし、そこまでキャッチング下手じゃないです』 『…おい、喧嘩売んなよ』 『…っ喧嘩なんて売ってませ…』 『俺はムカついたんだよ。下手じゃねえっつったな。テメーの言葉に責任持てよ?』 榛名の投げた球がキャッチできず、胸に当たり丸まって倒れこんでしまう阿部。 チームのメンバーが監督呼ぼうかと集まってきてくれる阿部の目は涙目だった。 『クソ…っ』 月日が流れ、着替える阿部の上半身を見る榛名。 『汚ねー体。でも俺、最近は当ててねーよな。それ、昔の痣か?』 『え、新しいのもあるけど…』 『どれ?』 『これ、こないだチップ喰らったヤツ』 『あー、でもありゃ俺のせいじゃないよな』 『じゃ、コレとか!!』 『アハハ、何これ。縫い目までくっきりじゃん。アハハハハ…!!』 《テメーの投げたボールで付いた痣だろ。ノーコン野郎め。でも結局は俺の技術のせいか…》 『ま、遠慮なしに投げてっかんな。お前怖がんねーからよ』 榛名に頭の上に手を置かれる阿部。 監督に呼ばれて榛名が去っていくと、褒められたのかなと喜ぶ阿部。 「おーい、三橋!!」 あちこち振り向いて自分を呼んでいるのかきょどりながら確認する三橋。 「そうだよ、お前を呼んでんだよ」 「な、何?栄口君」 「三橋も気になるだろ?何で榛名さんが最低の投手なのか」 「おい」 顔が青ざめている三橋。 「ほら、気になるって」 「俺もずっと気になってたんだけど、お前、そんなに顔に出やすくて、それは投手としてどうなんだ!?」 「まぁまぁ、それはちょっと置いといて」 武蔵野第一のシードの変更が行われ、ピッチャーの香具山がライトになり、ライトの榛名がピッチャーになり、どんどんストライクをとっていきます。 「名前呼ばれる前に三振しっちゃったな」 「でも、浦総は3点取りましたからね。榛名の投入遅すぎっすよ」 「利央、榛名出たぞ」 起きて真剣に見ている利央。 「別に普通っすね。先発が120そこそこだからタイミング合わないだけでしょ?」 「打者1人見ただけで気が早ぇな。つーか、お前、榛名に何かあんのか?」 「こいつ、兄貴が榛名にフラれてんですよ」 「お、呂佳さん?」 「呂佳さん、美丞大狭山のコーチやってるじゃないスか」 「あぁ、榛名を美丞に誘ったんだ?」 「そうなんスよ。弟は誘わなかったのに。な、利央!!」 「準さんてさ、俺をイジめてるわけェ?」 「阿部が関東大会出たのって、中2だろ?2年でレギュラーだったんだよな」 「つーか、榛名がエースだったんだよ。俺はたまたま榛名の壁やってたから」 「関係ある?バッテリーなんて固定じゃないだろ?」 「他のキャッチャーがあいつの球とれなくてさ」 「レギュラーもすぐにはとれない剛速球ってこと?聞けば聞くほど凄いね。けど、榛名さんのお陰でレギュラーになったようなもんじゃない?」 「だから何?」 「だからつうか…だから…組んでた人のことを最低とか聞くと、今組んでる者としてはいい気持ちしないんだよ」 「……そうか?」 そう聞かれた三橋はきょどるので、阿部はぐりぐり攻撃します。 「あーもう話が進まねー。フォアボールなかったね」 「ふん」 「お、お、お、俺は…っさ、さ、最低でも一生懸命投げる!!だけだ」 「ぐるぐるしすぎだろ。誰がお前を最低だっつったよ。お前とは違うんだよ、榛名は。榛名はプロになるために野球やってんだ」 「プ、プロになったら凄い」 「そりゃ凄いよ。あいつは凄いからエースナンバー貰ってからだって絶対に80球しか投げねーし、全力出す価値のない試合では1球だって全力じゃ投げなかったよ。でも…81球目で絶対交代なんてアホらしいだろ?体が商品のプロだって、100球を目安にはしても状況に応じて交代するんで、101球目で交代なんかしねーもんな。指を蚊にくわれたからスライダー投げねーってのもあったな」 「か?…ってあの蚊?」 「くわれたとこ気になって肩だの腕だのに変な力入ったら嫌だからってさ」 《蚊にくわれたら痒いけど、我慢する…》 「相当な拘りだよな」 「あいつ、中学で故障したらしくてな、元々俺様な性格の上に防衛本能に火がついてて、ものスゲー扱いづらい奴だったよ」 なぜ最低なのかが気になっていた三橋。 栄口に促され、阿部はしぶしぶ榛名との過去を話し始める。 『サインなんていらねーんだよ。どうせ半分しか思ったとこにいかねーんだから』 『だからって無視することないでしょ。あの6番は元希さん程度のスライダーでも殻ぶってくれるありがたい打者なんすよ!!』 『俺程度で悪かったな!!投げたくなかったんだから、しょうがねえだろ!!』 『こっちはあんたのひでーコントロールに文句言わないでリードしてんだぞ!!せめて球種くらいサイン通り投げろよ!!』 『うるせえ!!投手には首振る権利があるんだよ!!』 《そらそうだけど、お前にそれ許したら全部自分の都合だけで投げるじゃねーか。―それでもまだ、」あいつち組めたことを幸運だと思ってた。…俺達はいいバッテリーだとあの試合までは思ってんだ―…》 勝てば関東ベスト8になれる試合で、5点とられたものの、皆やる気なので80球で降りれば問題ないはずだから全力で投げて欲しいと頭を下げて榛名に頼む阿部。 『嫌だね。全力投球したらいつ怪我したっておかしくねーんだ。自分で納得した場面ならいーけど、中学の大会のしかも負け試合で万が一にも怪我したくねーもん』 『…だけど!!』 『その代わり、お前のサイン通りに投げてやるよ』 《サイン通り投げるったって半分は逆球だ。あいつへのリードにコースの意味はねえ。ストレート、スライダー、力いっぱい投げたストレート、せめてこの3つで組み立てなきゃあいつの投球は形にならねえんだ。あいつはそのことを分かってた》 『10球でいいです』 『……』 『じゃ…8、5、3球…!!なら1球!!1球でいいから投げてくれませんか?その球があるって相手に知らせるだけでいいんです。1球だけ全力で投げてくれれば―…』 『しつこい。それ以上言ったら、今すぐマウンドを降りる』 自分のフォアボールで満塁にしてしまっても80球目でマウンドを降りる榛名。 《公式戦なのに80球投げたらマウンド降りていいのか!?そういう約束で投げてるから?故障したら誰も責任取れないから?あいつの力で勝ってきたから?俺、何の為にここにいるんだ?俺、何の為にあいつの球を捕ってたんだ?》 《何で俺がチームを辞めたくなんなきゃならねーんだ。―あいつが…っ》 涙を流している阿部。 『泣くほどのことかよ…』 阿部は榛名のユニフォームを掴んでロッカーに押し付ける。 『手前、左肩怪我したらどうすんだよ。放せ!!!』 「――…」 「……」 「……」 「…わり。あいつにとっては俺達チームメイトは練習道具でしかねえんだ。結局…あいつが引退するまで組んで、何度かでかい喧嘩もしたけどあいつの姿勢はずっと変わらなかった。榛名は俺達とは全然違う次元で野球やってんだよ。そういうのもありなんだろーし、スゲーとも思う。けど、俺はあいつをチームのエースとして最低だと思うし、俺は二度と組みたくないね」 「…ぅ…っ」 「うわぁ、何だ!?ど、どうした?」 「な、何で!?」 三橋は体を丸めてしまう。 《阿部君は榛名さんのことを嫌ってるみたく喋るけど…》 『マウンド譲りたくないなんて投手にとっちゃ長所だよ』 《俺が中学でマウンドにしがみ付いてたこと話したら、そう言ってくれた。あれも榛名さんを見てたから言ったことだ。阿部君が榛名さんを許せないのは“チームのエースとして”じゃない、“自分のエースとして”―だよ。阿部君は榛名さんにちゃんとこっちを向いて欲しかったんだ。榛名さんとちゃんとバッテリーになりたかったんだ。プロになってからじゃなくて、阿部君と今やってる野球を大事にして欲しかったんだよね》 その話を聞いた三橋は阿部が今まで自分にかけてくれた言葉の意味と理由を悟るのだった。 「お前さ、もうちょっと泣いたりキョドったりすんの我慢できた方がいいぞ。マウンドでの話だぜ。そんな顔に出たら守っててバックが困っちゃうからな。マウンドでは…そうねぇ、無表情もいいけど…やっぱ笑顔がいいね。バックは安心するし、相手はムカつくし、やってみな。ほら、にーっと」 三橋は頬を引っ張ってにーっとしますが、笑顔にはなりません。 「いいぞ、何か頼もしいぞ。何か打者的にはスゲームカつく」 笑いを何とか堪えてそう言う栄口だったが、笑いを堪えきれなくなってしまい、阿部も腹を抱えて笑っています。 《阿部君には俺が投げる―!!》 「ところで今の話、俺から皆にしてやっていい?」 聞いてないフリをしている西浦高校野球部メンバー達だが、水谷は笑いを堪えています。 《試合は中盤で武蔵野第一が逆転し、4対3のまま最終回を迎えた》 田島、泉、水谷はジャンケンしています。 《この回もアウト1つ、ランナーなし、ボールカウントは2-1で―…」 榛名が阿部に合図を送ってきた。 「ね、今の…」 「田島、見とけ」 榛名の全力投球を捕手が受け止めきれず、打者が走っていく。 捕手が榛名のところにやって来て、榛名はもうしないと言う。 次の投球ではもう全力投球ではなかった。 「何だよ、1球だけ!?つまんねー」 三橋はちらちらと阿部を見ていますが、見られている当の阿部はイラっときて、ぐりぐり攻撃をします。 「ハハ…お前ら本当に打ち解けたよな」 4対3のまま、武蔵野第一が勝利する。 「さて、帰ろっか」 「2試合目は見ないんすか?」 「あの辺が限界だからね」 観客席を走り回っている田島や水谷を指差すモモカン。 「さ、ひとっ走りしたらお昼だよ。並んで並んで」 「1球の為に半日仕事でしたね」 「1球だけでも見れて良かったかもよ」 「明日はもっと放るでしょ。明日の相手の方が強豪っスよ」 「同じだよ、問題は捕手だからな」 「マジっすか!?」 「たぶんな。さぁて、練習行くか」 《アホだぜ、榛名。兄ちゃんとこ行ってりゃもっとマシなキャッチと組めたのにさ》 榛名チームメイトからはグラウンド整備はいいから、ダウンするように言われます。 榛名は急いで阿部の元へ向かうが、西浦高校野球部は既に帰っていた。 《いねえ。ニャロ…》 球場の外にも探しに出るも、姿を見つけられない。 「ちょっとどうしたの?」 追いかけてきた秋丸。 「クソ、あいつ、待っとけっつったのに」 「あぁ、タカヤ?シニアで組んでたキャッチャーだよね」 「え?何でお前知ってんの?」 「どっかで聞いた名前だと思ったんだ。中学の時、よく話に出てたよね」 「そうだっけ?いや、あいつ生意気でさ」 「構いすぎるから嫌われるんだよ」 「そうじゃねえ!!マジで生意気なんだ!!」 「えぇ!?よく俺と比べてたじゃん。シニアにおもろい1年がいるんだって、自慢げにさ。それ聞いて、俺ら、部に残ったもんは良かったなっつってたんだから」 「そりゃ、捕手としてはいいんだけどさ…アイツ人のこと最低呼ばわりすっから」 「はぁ?そらまた何で?」 「知らねえ」 「気強いんだね、先輩相手に。けど、ずっと組んでたんだろ?」 「それは…アイツしか俺の球捕れなかったからな。あ~ぁ、勝って一言言ってやりたかったのによ」 《最低と言われながら組んでたのか。…でも中学で揉めて、部も辞めると言ってた頃の榛名はホントに怖かった。目なんか荒んでて、家でも学校でも誰も近づけなかったんだ。シニアに入ったのはあの頃だ。あの榛名と正面切って付き合ってたとしたら―…》 「俺、タカヤの気持ち分かるわ」 「何でだよ!!」 ダウンを始める榛名と秋丸。 《シニアに入って、榛名はゆっくりと元に戻っていった。その間…タカヤはずっと付き合っててくれたんだ。そりゃ苦労も嫌な思いもしただろうな。自分が腐ってた時のことなんか榛名には忘れちゃって欲しいけど、コイツが今、当たり前に投げてること、俺はタカヤに感謝する》 西浦高校野球部はランニングしていた。 次回、「ちゃくちゃくと」 ジャンル別一覧
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